一の章  始まりへの終焉
A (お侍 extra)
 



     
修羅場



 様々な機関へと火が入り、駆動系、あるいは動力系の油に引火して爆発が起きては、そのまま燃え盛る。爆発の振動に艦が揺れ、不用意に開けた戸口からは、いきなりの酸素の流入によって起きるバックドラフト現象からの、視野を覆うほどもの炎の陣幕が一気に躍り出る。どこもかしこも色濃い黒煙が充満し、このような事態への要領を得ない商人たちが右往左往して逃げ惑い、脱出口に続く回廊には、天主の後宮に集められていた寵妃らが累々と倒れ伏す。それはそれは凄まじい、正に修羅場だった。

  ――― 元和十三年、秋。

 大きさのみならず、飛行距離や安定性でも群を抜いて優れており、大戦時には方面支部の大本営として運営され、ちょっとした都市にも匹敵するほどの巨大な威容と規模を誇る、浮遊戦艦“本丸”。それを改良し、大商人たちが空飛ぶ本拠地として運営していたのが、現今の世界を牛耳らんとしていたアキンドたちの組織の中核“都”である。彼らの頂点に立つ存在、新しい天主の座に上り詰めた右京は、自分がその生い立ちの中で舐めて来た辛酸という怨嗟を糧に、狡猾周到な策を次々に打ち出した。表向きは民らに豊かさを施すためにと、それまで野伏せりの無体な強襲に泣かされていた農村の守りに、街で食い詰めていた浪人たちを向かわせて、実はかつて“都”が放っていた野伏せりたちを打ち払わせたが、それは結局、誰の支配も及んでいなかった地域の村へ、以降は都が税を取り立てるそのための格好の理由を、恩着せという形で不動のものとして取り付けたようなもの。その一方で、自営の力を既につけていた神無村には“不幸な事故”をと、全軍挙げての襲撃を敢行。前の天主が亡くなったのだからと、後宮からの構いなしの解放と言っておきながら、そんな女たちへの周到な刺客を放ったところから、その“二心(ふたごころ)”を既に見抜いていた侍たちは。村を守ってくれという当初からの依頼を貫き通すため、巨大な象へと突き立てるには針の如くな存在でありながらも、臆することなく刀を手に立ち向かった…訳ではあったが。

  『…斬艦刀、いまだ都に向かっております。』

 こんなにも少ない頭数で挑むということ自体が尋常ではなく。策たる策もないままに、斬艦刀ただ一機での突撃を敢行した、ほんの4、5人という侍たちの奇襲にあって。かなりの距離を残して気づいておきながら、百を越したろう、雲霞
(うんか)のごとくという数の野伏せりを周辺へびっしりと布陣させておきながら。だのにその進軍を止められなかったばかりか、本丸への強襲揚陸を許し、果てはその弩級戦艦を機能させる心臓部、主機関を切断された。それぞれの刀以外さしたる武装もない、片手に余る頭数の相手に、絶対有利だったはずの大陣営がこうまで敢え無く潰えると、一体誰が思っただろうか。

  『どうしたんだよ、勘兵衛クン。キミはそんなに頭の悪い侍だったの?』

 新しい世界の支配者になるためにと、完璧な布陣を敷いて動き出したその余裕を持って、上からの目線を保ったままで構えていたはずの右京が。最も強力な兵器であったはずの主砲が放った光弾さえ弾き返して ものともしない、そんな彼らの気合いの強靭さと、眼前で繰り広げられている一方的な戦況にどんどんと焦燥し始め、浮足立ち、

  『使えないなぁ、野伏せりはっ!』

 しまいには天守閣からの撤退まで余儀なくさせた猛攻は、巨大戦艦“都”を今や単なる潰走中の敗船とまで叩き伏せ。爆風や熱風の吹き荒れる艦内は、こんな事態を予想だにしなかったのだろう、逃げる術のイロハさえ知らぬ か弱い商人たちや寵妃たちの遺体でそこここを埋める、正に地獄絵図の態を晒しつつあった。

  ――― 無論のこと、突入した側の彼らだとて、到底無事では済まず。

 それぞれが“死が待つ戦さ”と覚悟した上での突入のその中で、銃弾という飛び道具が相手である苦戦を強いられもした。神無村へと先行しかかる野伏せりたちの一団を追って、片っ端から敵の雷電や紅蜘蛛といった巨体を切り刻みつつ、双刀を操って空中戦を制していた久蔵が。一旦地上に着地したその間合いを衝かれて砲撃を受け、右腕をやられて倒れた。菊千代の分厚い鋼仕立ての躯も、近衛兵なのだろう機械侍たちから散々に機銃攻撃を浴びていて、何度もその意識を保つ機能が止まりかけている。勘兵衛、七郎次もまた、少なくはない被弾をその身へと負いながら、それでも天主・右京を追って、広大な本丸“都”の内部を天守閣まで駆け登りつつあったものの、
『…この状況下、あやつはいつまでも司令部にいるものだろうか。』
 主機関を失った“都”は既に艦としての機能を望めない状態だ。いくら強かな右京でも、軍人ではない以上、いやさ計算高い彼だからこそ、役に立たぬものを見切るのも早いのではなかろうか。末端にあたる“現場”への指示は下士官へと任せ、自分は安全なところへ退避するという、我が身大事な将には、嬉しかないが覚えもある。
『ならば…。』
 脱出用の御座船を格納している船尾へと、進行方向を変更した彼らは、たちまち立ち塞がった近衛兵らからの機銃一斉攻撃という猛攻に遭った。これすなわち、この先に天主がいる確かな証し。薙ぎ払われた兵に代わって次々に新たな陣営が場へとなだれ込み、機銃の雨が容赦なく空間を埋める。相手陣営もまた、窮状にある立場に大差は無いせいでか、統率の緩いその隊列は乱れやすくなってもおり、場はあっと言う間に混戦状態に陥った。そんな中、勘兵衛、七郎次への加勢にと、外部から突入して来て現れたのが久蔵であり、持ち直した菊千代ともども、この乱戦を掻いくぐらんと奮戦していたところ。後方から飛び込んで来たのが勝四郎。一旦は、逸る心を持て余した末に、皆とも袂を分かつたものの。襲撃の標的にされていた神無村へと来合わせていた奇縁を彼なりに呑んで、都との抗戦態勢へ加わっており。主機関を切り離すという別任務についていた平八と行動を共にしていた彼は、脱出のかなわなかった平八の最期の姿を振り払うようにして、勘兵衛らと合流すべく、艦内へ上がって来たのだが、
『先生っ!』
 刃こぼれしていた刀が銃弾に折れ、突然の重心の喪失に、その身がバランスを崩して大きくたたらを踏んだ。そんな彼を見て、勘兵衛が助太刀に入り、彼へと凶刃を振り下ろしかけていた兵を斬る。だが、唐突な機転によって動いたその身に出来た隙へと、別な近衛兵らが機関銃を構えた。複数いた内の一人は七郎次が槍を投げることで叩き伏せたが、それでも残ったあと一人の銃口は勘兵衛へと向いたまま。
『…っ!』
 平八の最期が、遠く遠く地上へと主機関ごと落ちてゆく彼の顔が脳裏をよぎり、もうあんな想いをするのは…と勝四郎の頭の中が真っ白になった。

  ――― モウ誰モ、死ナセ タクハナイ。

 視野の中のどこにも刀は落ちてはいない。あるのは、先程倒れた近衛兵が落とした機関銃だけ。選んだり迷ったりする余裕などなかった。

  ――― !!

 弾けるような機銃の咆哮にも負けない怒号と共に、引き金にかけた指に任せての乱射を続けた。そんな彼の視野は狭まり、もはや…状況や周囲を広く見るなんて余裕はなくて。






            ◇



 見渡す限りの大型機巧侍は全て平らげた。その巨躯が頭上を通過中の“都”を見上げ、真っ直ぐ天守閣に突っ込めば追いつけるかと思った。幸い…と言っていいものか、この種の本丸や旗艦へ突入しての白兵戦という流れは、終戦間近い頃合いに結構体験していたし、何よりも“都”自体にも運んだ覚えのある身。さして装備や構造をいじってはいないこともその時に実感しており、突入前に勘兵衛へとその旨を告げたほど。至近での砲弾炸裂により、右腕はまるきり動かず“お荷物”と化したが、それ以外の身体への損傷はまだまだ大したことはない。腕ごと灼くようなこの激痛にさえ耐えられれば、
“まだ、戦える。”
 刀との一体化から全身の血肉が今までになく高揚していた久蔵にしてみれば、そんなもの、自身の不覚へのささやかな罰
(ペナルティ)に過ぎず。
“…島田。”
 この戦さが終わったら、全てに鳧がついたなら。刀での決着をつけようぞと交わした誓約がいよいよ叶うのだ。ここまで来て、それをみすみす潰えさせる訳には行かない。自分が目を離したら、あの男はどんな無茶でもやりかねない。死を大事と思うななどと、侍の理
(ことわり)を他者へと説きながら、なのに自分はどんな無謀でも果敢に手掛け、その強運ばかりを極めるとんでもない男だから。失速を始めていた“都”の艦内へと戻るため、自分が切り払った雷電が落としていった斬艦刀に目をつけると、躊躇なくその風防を跳ね上げてコクピットへと乗り込んだ。かつての空での戦さにおいて、操縦者になった覚えはなかったものの、それでも基本的な扱いは教え込まれており。手際よく起動させると、そのまま浮上させ、目串を刺した艦腹目がけ、刀の先にて勢いよく抉り込む。
『…久蔵っ。』
 何層かの隔壁通過を敢行し、その末に突っ込んだ空間にやっとのことで目的の相手を見つけた。やはり機銃兵らに取り囲まれており、しかも…手練れのテッサイまでもが顔を揃えていたことへ、ほれ見よ言わんこっちゃないと気勢の鋭が新たに尖る。新手の突入に慌てて繰り出された攻勢を掻いくぐり、何とか合流を果たしたが、機巧近衛兵の隊列は無尽蔵かと思われるほどに次々に押し寄せる。それだけ、天主に近づきつつあるということなのだろうが、機銃相手の混戦は、弾丸を弾き飛ばすという“楯”をも太刀筋へ要求されるので、こちらの攻勢が幾分か弱まるのが否めない。そんな最中に、

  『先生っ!』

 ああそういえば、虹雅渓でも見かけたが、あれから何処に姿を晦していたものやら。別行動を取っていた若侍が、加勢にと突進して来たのが後方に見えて。勢い余って刀を弾かれたため、丸腰同然となったのを助太刀に入った島田へ目がけ、近衛兵らが機銃を向ける。ほらそうやって、無茶や無謀をするだろうが。侍たるもの、自分で何とかせよと菊千代には言ったくせに。我が身を処すだけで精一杯な、立派な修羅場だってのに。他人の窮地へ手を出してる場合か、と。こちらも左手に握った刀をひらめかせ、その背を追った久蔵だったが。


  ――― どれがどれのと、聞き分けられるものではないほど、
       周囲を飛び交っていた機銃からのほとばしり。
       けたたましい銃声の雨あられの中。
       一番間近へ飛び込んで来たそれが、なのに一番聞こえなかった。







  「………っ!」

 何が起こったのか、すぐには判らなかった。何を見てか血相を変えた島田がこちらへ、後ろざまに倒れ込むようにして腕を伸ばして来、駆けつけたのが間に合わずに撃たれたかと錯覚して息を呑んだほど。そんな彼の伸ばした手が、もはや動かぬこちらの右の腕を取り、随分と強引に引き倒さんとする。痛めたところへ故意に掴みかかられた衝撃で、まるで…腕がそこからもげるのに引きずられ、肩口から脊髄から脳髄までもが飛び出すかというほどもの激痛が走ったがため。意識が横殴りされて撓
(たわ)み、その場に踏みとどまれなかったことが、この場合は………幸いした。
「な…。」
 あまりの痛みに、膝から床へとその身が頽れ落ち、引かれた方向へと横倒しとなる。こんな時にどういう悪ふざけかと、返答によっては、敵より先に、今ここでこの手で斬るぞというほどもの憤怒と共に、睨みつけかけた相手のものと、それから、やはり真横へなびいた自分の衣紋の裾が。襲い来た疾風に煽られて、無残にも引き千切られてしまい、
「…あ。」
 それで。何が起きかけていたのかが、やっとのこと飲み込めた。通り過ぎたのはただの風なんかではないと。どさりと、重々しい音と共に倒れた機銃兵。その向こうに立っていた黒髪の若侍が、両手で構えていたのは鋼の機関銃で。倒れ伏した近衛の全身には、煙が立ちのぼる穴が無数に空いている。そのほとんどが………体の後ろへ貫通しているものばかり。

  ――― あのまま、あの位置に立っていたら、どうなっていたか。

 難を逃れた二人の仲間の。その態勢や、彼らの衣紋の裾の惨状から…自分が気づいた同じことを、若侍もまた気づいたらしく、

 「………あ。」

 震える手で握っていた機関銃を、それ自体が悪鬼か何かのように、凶々しいものとして振り払ったが、その顔が…上がらないままだ。此処は戦場。護りたいもののためならば、何となれば使えるものなら何でも使っていいのだがな。まだまだ矜持ばかりが強い若造だったから、この流れはなかなか痛烈皮肉で、自分の行動をその清らかな信念の中へと飲み下すのは骨だろう。

  「よく戻ったな、勝四郎。」
  「…先生。」

 震えが止まらぬまま、それでも…平八が任務遂行の後、主機関と共に墜ちたと、失意のうちに伝えた彼へ、
「誰が先に死ぬか。それだけのことだ。」
 島田はともすれば冷然と、きっぱりとそう言い切って、


  「今少し、生きながらえてもらう。」


 その場に居残った全員の顔を見回したのだった。





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  *ほとんど、二十五話そのまんまです。
   どこをどうねじ曲げたのかしらというのを探していただく、
   一種の間違い探しだと思ってくだされば幸いかと。(う〜ん)

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